『深呼吸の必要』

歌舞伎町で『深呼吸の必要』(監督:篠原哲雄)を見る。
以下、感想。ちょっとだけネタバレあり。


世の中の、まあ少なくない事柄には理由がある。例えば映画について、多くの人は「ブラッド・ピットの主演作だから」とか、「スピルバーグの最新作だから」とか、「泣けると評判だから」といった理由で足を運ぶわけで、つまりこれだけレンタルビデオ/DVDが普及している現代では「足切り」をくぐり抜けたモチベーションだけが成就されることになる(映画館で見るという形で)。
この『深呼吸の必要』はどうだろう。
篠原哲雄については、ぼくはだいぶ昔に『月とキャベツ』を見たことがあるだけ。わりと感動していい映画だなあと思ったことを覚えているけれど、そこで生まれた興味は山崎まさよしのほうへ流れてしまって*1、その後の監督作はまったくフォローしていない。一般的にいっても、コアなファンをひきつけ拡大するタイプの監督というわけでもないだろう(と思う)。公開を待っているもうひとつの監督作品が『天国の本屋〜恋火』というあたりからしても(偏見です)。
キャスト。いまが旬の人たちを揃えてある。特に、成宮寛貴はドラマ・映画等の分野での活躍で成長力を見せているし、長澤まさみは『世界の中心で、愛をさけぶ』のアキ役で一躍注目度を増している。客層のモチベーションとして期待でき、かつ集客力があるとしたらこのキャストの部分だろう。
後は、タイトルに惹かれて、とか。あと沖縄とか自然とか。ぼくの場合、モチベーションの半分以上がここにあるわけで。
とまあ、そんなことを考えながら始まるのを待った。
映画自体の感想としては次の2つ。
ひとつは、「監督はこのキャストが、ただひたすらサトウキビ刈りをやる姿を撮りたかったんだろうなあ」ということ。ストーリーはほとんどおまけで、恋やら愛やら葛藤やらが始まるわけでもなく(そもそもキャラクターに視線が焦点化されることがほとんどない)、ただ毎日サトウキビを刈るだけ。純粋労働であるだけにほとんど役者の演技の入り込む余地がなく、そのために画が自立している印象を持った。
もうひとつは、タイトルにもなっている「深呼吸の必要」がこの映画唯一のメッセージというか、テーマだということ。香里奈の演じるひなみが「水泳大会でスタート台の上で深呼吸したら、泳いでいるあいだ楽しかった」みたいなことを言うセリフがあって、また映画の中で登場人物たちも何度となく深呼吸をするのだけれど、そのことがおじぃの「なんくるないさー」という言葉とシンクロして映画の骨組みを作り出している。
そう、深呼吸が必要なんだ、と。
深呼吸には気持ちを落ち着かせる効果とともに、現実をありのまま一度受け入れさせる力がある。だいたいの人は深呼吸をするときに胸を張り、そして目を閉じるわけだけれど、その姿はとても無防備で世界(この場合は自然)に対してさらけ出されている。それに、いろいろ考えたって呼吸する生物である以上、人間には空気が欠かせない。そういった存在としてあること、それを自覚することが持っている<癒し>のようなものが、人間をいつでも新たな気持ちにしてくれるのかもしれない。
そんなことを考えたぼくは、映画館の外に出たときに思わず深呼吸をしてしまったわけです*2
まあ本当に必要なことは、沖縄ではなく、東京のど真ん中で、あるいはいまいるその場所で深呼吸をすることだとも思うわけですが。それじゃ、画にも癒しにもならないけれど。


*1:こういう人、多いんだろうなあ

*2:まあ冗談ですが。でも、こういう人も、きっと多いんだろうなあ